- 現代社会において、大勢の中に隠れて目立たず過ごしたいと願う姿勢は一見安全に見えるが、思考を止めて周囲に流される姿勢こそが、巨大なビジネスや制度の格好の標的となる。金融や保険業界のリサーチは顧客の誤解を正すためではなく、人々の不安や勘違いを見抜いて利益に変えるために行われているという視点で見ると合点がいく。かつて2003年のDPC導入で将来の入院短縮が分かっていながら、更新で保険料が上がったトラウマを利用して日額タイプの終身保険を売り込み、さらには掛け捨てを悪として積立保険を売り込んだ時もそうだ。そして今、NISAの非課税という甘い言葉の陰すらも、私には随分と見えてきた。彼らは圧倒的な知識差を悪用し、未来の確定事項を知るプロとして過去の常識に縛られた顧客を誘導して利益を得ているようだ。この構図は現代の働き方改革でも全く同様であり、残業削減やワークライフバランスという誰も反対できない綺麗なスローガンの裏にある何かが、どうしても気になるところだ。自分で調べる手間を避け空気に合わせる多数派が自覚なく損をし続ける中、一見すると私や当社の主張は独りよがりで変わり者のように受け取られがちだが、冷静に構造を紐解けば誰もが納得できる当然の事実であり、何よりこれまでの当社の歴史の中でその見立ての正しさは何度も証明されてきた。安易なブームに流されず愚直に正しさを追求する姿勢は現代社会で決して流行らず、厳しい孤立や多大な苦労を伴い、共に働く仲間を募る上でも人手不足という現実的な壁に直面する。しかしその一方で、当社の信念に深く共感し、絶大な信頼を寄せてくれる根強いファンが確実に存在していることもまた事実だ。だからこそ私と当社の存在意義は、綺麗な言葉の裏に隠された不都合な真実と罠をすべて解き明かし、無防備な人々を資産の失敗や歪んだ労働環境から徹底的に守り、自らの人生の主導権を取り戻させることにある。(9/26)
- 私は万能ではない。世間が思い描くような「手腕鮮やかな社長」という器でもないだろう。保険のすべてを完璧に網羅しているわけでもなければ、すべての実務を器用にこなせるわけでもない。特に保険の事務関連や申込手続きといった実務に関しては、かつては熟知していたものの、長年にわたり現場に委ねてきた結果、今では細部まで把握できていないのが現実だ。だが、それで良いと考えている。私が今でも最前線で握り続けているのは、お客様と直接対峙する保険相談業務であり、当社が取り扱うべき商品の厳格な選別、そしてその設計や具体的な活用方法の追求である。細かな手続を手放したからこそ、私はより俯瞰的な視野で、経営と保険の本質を見定めることができるようになった。現在、私は自らがDX担当として社内システムの整備と変革を推し進めている。トップ自らが現場のDXに泥くさく関わる理由は明白だ。当社が目指す「少数精鋭」を実現し、社員一人一人の能力を極限まで高め、それに相応しい高い年収を確実に還元するためである。DXは単なる業務の効率化や流行り言葉ではない。当社が掲げる「重力に逆らい、正しさを貫く」という企業理念を現実のものとし、正しい考え方を持つ者が正しく報われる仕組みを作るための、絶対に不可欠なプロセスなのだ。55歳という年齢を迎え、私も自分自身の老いを実感することが増えた。だからこそ、私がこの人生をかけて築き上げてきた「当社の魂」を絶やさず、次の世代へ残したいという想いが日増しに強まっている。効率や目先の利益ばかりを追う現代において、当社の魂を真に理解し、引き継げる人間など滅多にいない。だが、私は妥協することなく、その本物の人材を探し続ける覚悟だ。しかし、私たちが置かれている現実は極めて厳しい。昨今の求人は難航を極めており、関わる外部業者の対応も冷淡で、サービスの低下を感じざるを得ない。特にここ佐世保市のような地方都市においては、企業も人も次々と撤退し、地方の疲弊は都会以上に深刻だ。求人を出しても、福岡で30人の応募が集まる一方で、佐世保ではわずか1人という現実がその過酷さを物語っている。だが、どれほど過酷な環境であっても、私は絶対に流されない。時代の変化に合わせて変えるべきシステムや技術は、DXを含めてどこまでも新しく変革していく。一方で、どれほど時代が変わろうとも「絶対に変化させてはならない部分」が存在する。それこそが、他社には決して真似できない、当社だけに存在する本質的な価値である。この価値を少しでも感じ取れる人は、当社の顧客となるべきだ。そして、この価値に深く共鳴し、熱い情熱を覚える人こそが、当社で共に働くべき人間である。安易な流れに身を任せるのをやめ、重力に逆らえ。我々が貫く「正しさ」という魂を受け継ぎ、共に戦う意志のある真の少数精鋭を、私はここで待っている。(9/20)
- 我が社が目指すべきは表面的な「仲良しごっこ」の集団ではなく、一人ひとりが自律したプロフェッショナルとして責任を果たし、真の信頼で結ばれた強い組織である。組織の至る所で散見される「無用につるむ悪習」を私は一切認めない。1人で集中し個の責任で完遂すべき作業において、なぜか2人、3人と群れて同じ作業を行う者がいるが、単独で進めるべき仕事でつるむ理由は明白だ。自らの能力不足や不安を他者で穴埋めし、失敗の責任をうやむやにして群れる安心感に逃げ込んでいるに過ぎない。そのような個の責任を放棄する姿勢は組織の生産性を根底から損なうものであり、表面的な賑やかさや取り繕った言動ばかりに目を奪われ、短絡的な感情で他者を評価するような浅はかな見方は現場に重大な過ちと混乱をもたらす。真に評価されるべきは、単独作業において周囲に流されず1人で静かに個の責任を果たし切り、真にスクラムを組むべき局面においてのみ強固な連携を発揮する人物だ。現状、責任感と思いやりを持ち高い成果を出す優秀な人材が、無責任で低次元な人間の穴埋めに追われて摩耗し、疲弊の果てにバーンアウトに追い込まれるような構造が存在するならば、それは経営として絶対に放置しない。無関心や無責任が生み出した歪みを、意欲ある優秀な人間に背負わせる不条理は断じて許さず、そうした悪循環を断ち切ることこそが私の責務である。過剰なストレスのマグマを溜め込み、本来の目的を見失って燃え尽きることが頑張ることのゴールになってはならない。真の思いやりや共感力とは、ぬるま湯のような甘やかしや馴れ合いではなく、互いの高い能力と強い責任感を認め合い、対等な緊張感を持って背中を預け合うことである。安心感を持って任せられる最低限の能力と責任感を持った人物、裏切らない本物の仲間、そして互いの気分を高め合える次元の高い共感を持つ者こそが、我が社の宝である。無用な馴れ合いや表面しか見ない短絡的な人間との関わりを断ち切り、自律した「個」を確立せよ。1人で立つべき時は孤高に集中し、真に力を合わせるべき時にだけ最高のチームを組め。群れることに逃げるな。己の仕事と役割に絶対の責任を持て。我々は真に信頼できる最高の仲間とともに、揺るぎない高みを目指す組織であり続ける。(9/16)
- 向かい風が吹き荒れ、予期せぬトラブルや負の連鎖が怒涛のごとく襲いかかる瞬間こそ、我々の組織と個人の人生における最大の「ボーナスステージ」であり、未来を劇的に変える千載一遇の大チャンスである。世間ではそれを「運の悪さ」や「不幸の連続」と恐れて逃げ腰になるかもしれないが、その本質は全く真逆だ。一見すると最悪に見える現象の正体は、我々の飛躍を阻んでいた有害な毒素が自ら炙り出される強力な自浄作用に他ならない。事態が深刻化する悪循環の真っ只中こそ、損得勘定だけで動く逃げ腰な人間や日和見なコウモリが自ら離れていくと同時に、ぬるま湯の中で蔓延していた「悪しき習慣」や慢心が生み出した「無駄な業務・無用のコスト」が一気に削ぎ落とされる最高にして最速の「断捨離」の機会なのだ。順風満帆なときには見過ごされていた生ぬるい慣行や不要な執着が強制終了されるからこそ、我々の生存本能と意思決定の鋭さは極限まで研ぎ澄まされ、平穏な時には到底作り得ない盤石で絶対に折れない最強の組織基盤と極限まで最適化されたプロセスが完成する。害となる人間、無駄な習慣、不要なコストのすべてが排除され、身体を突き抜ける風圧が最も強まったその瞬間こそ、次の次元へと一気に駆け上がるためのメガエネルギーが溜まり切った最高の合図である。途上で襲いかかるすべての試練やピンチは我々を打ちのめす災難などではなく、本質だけをさらなる高みへと研磨するための絶好の機会であり、過去の限界を破砕する圧倒的な推進力なのだ。だからこそ我々は目の前の荒波を一切恐れることなく、この猛烈な向かい風すらも爆発的なエネルギーへと力づくで変え尽くさねばならない。不要な一切を削ぎ落とした研ぎ澄まされた状態と揺るぎない覚悟を持ち続けた者だけが、どんな激動の時代であっても屈しない圧倒的な強さを手に入れ、新たな時代の頂点を力強く牽引する真のリーダーとなるのだ。(9/12)
- かつて100万回生まれ変わりながら、一度も他者を愛さなかった猫がいた。自分のことだけが大好きで、傷つくリスクを恐れて誰とも本当の心を通わせず、ただ漫然と生と死を繰り返していた猫だ。いま、私たちの社会や組織を侵食しているのは、まさにこの「100万回生きたねこ」のような冷淡さと無関心である。ハラスメント対策やコンプライアンスの過剰な強化は、本来「人を守るため」に作られたはずだが、現状は過敏なルールへの恐れが人々の足をすくませ、「他者に関わらないこと」を最善とする事なかれ主義を生み出している。適切な指導や真摯な配慮すらリスクと捉え、トラブルを回避するためにクールに他者を割り切る。無関心という名の安全地帯に逃げ込み、保身に走るその態度は、極度な自己愛に凝り固まったマイルドサイコパスのそれと何ら変わりない。マニュアルだけで人間関係を処理し、他人の痛みや感情に目を瞑る生き方は、一見するとリスクを避けた賢い選択に見えるかもしれないが、傷つくリスクを徹底的に排除した環境に人が成長する土壌など存在するはずがないのだ。ルール遵守を免罪符にして共感の筋力を衰えさせ、相手の文脈を読み解く努力を放棄した者に真の信頼が宿ることはない。心を殺し、保身のために重ねた「死んでいないだけの100万回」に、一体何の価値があるというのか。物語のねこが真の生を得たのは、万能感を捨て、自ら傷つく覚悟で一匹の白いねこを心から愛した瞬間であった。真の生命力と満足感は、安全な殻を破った時にしか得られない。組織も全く同じである。ルールを守ることは最低限の前提に過ぎず、ゴールではない。保身のための冷笑主義を直ちに捨てよ。自分の言葉で語り、責任を負う覚悟を持って相手を思いやり、一歩踏み込んで関われ。リスクを恐れずに他者と深く繋がる温かな決断だけが、血の通った組織を創り上げ、圧倒的な成果をもたらすのだ。(9/9)
- 採用とは、つまるところ「人と人との縁」であり、「運命的な巡り合い」である。だが、その奇跡的な出会いを単なる偶然として待つ気はない。当社は、自社に真にピッタリとハマる人材に出会うまで、どんなに時間がかかろうと諦めずに求人を継続する。なぜなら、我が社は何と言っても「少数精鋭」の組織だからだ。たった一人の妥協が組織の基準を下げ、たった一人の卓越した存在が組織を飛躍させる。だからこそ、妥協なき採用こそが唯一の正解である。ここに至るまでの道筋は、決して順風満帆ではなかった。数々の失敗を経験し、試行錯誤を繰り返してきた。しかし、その苦い経験から学んだデータと反省こそが、現在の当社における不可欠な「最大の資産」に他ならない。失敗という授業料を払ったからこそ、私たちが本当に大切にすべき価値観と、組織を成長させる人物像の輪郭が明確になったのだ。数多の遠回りを経て、当社が求める人材の姿は、ついに「知・動・和」という3つの軸に集約され、完璧に言語化された。第一の軸である「知(思考・探求)」において求めるのは、本質を見抜いて自ら学ぶ姿勢である。手取り足取り教わらずとも周囲の優れたやり方を観察して自ら技を盗める高い吸収力と、集団心理や同調圧力に屈せず客観的な事実に基づいて真の正解を追及する独立思考を併せ持つこと。さらに、プロとしての専門知識を持ちながら、常に投資対効果や時間コストを考慮して判断できるビジネスセンスが不可欠となる。第二の軸である「動(行動・実践)」においては、圧倒的な実行力と自己規律を重視する。完璧な準備を待つのではなく手を動かしながら補正して前進する機動力と、楽な方に流されず自分を律しながら引き受けた成果や納期を最後までやり切るコミットメント。そして、どのような逆境や課題に直面しても改善点を見出し、前向きな行動へ素早く切り替えられるプラス思考の強さが必要だ。第三の軸である「和(対人・貢献)」は、人と繋がり組織を高める力である。相手の立場や感情を深く理解し適切な言葉選びで深い信頼関係を築く対人関係能力はもちろんのこと、人から奪うテイカーではなく自ら「与える」利他の精神を持ち、未来の他者の幸せや会社の成長のために自発的に貢献するエンゲージメントが欠かせない。さらに、自ら得た知識や技を言語化して周囲に惜しみなく展開し、チームや次世代の能力を底上げできる育成の視点を持つ者を求めている。明確な基準が定まった今、私たちの足元に迷いはない。どれほど時間がかかろうとも、この言語化された理想の像に合致する「本物の仲間」との巡り合いを引き寄せるまで、私たちは妥協なく走り続ける。最高の縁は、妥協を拒み、理想を追求し続けた組織の前にしか現れない。(9/2)
