社長のコラム(2018年9月)
2006年から、雨の日も、風の日も、ずっと、書き続けています。
- 数日前、私はこれまで使っていたiPhone6の電池が弱っていた為iPhone8に機種変更した。丁度、最新型が登場した機会に価格が下がったので今がチャンスと思ったからだ。同じような外見はしていても性能はかなり向上していて満足。気付けばiPhoneとiPadはいつも私の側にいる。機種変更の際、携帯電話ショップにiPhoneを預けていたほんの数時間離れ離れになっただけでも不便だし不安だった。私はiPhoneに依存されている。周囲を見渡しても多くの人が同じような状況になっているだろう。あのチョコフレークがもうすぐ販売を終了するらしく、その理由はチョコがついた指先でスマホを触りたくない人が増えたことらしい。時間の問題で生態系を変える勢いだ!私はiPhoneと言えば何よりも先にスティーブ・ジョブズを思い出す。彼の業績は世界中の多くの人々が知っている通りであり、また、多くの名言を残してくれている。私はスティーブ・ジョブズの様になりたいと思っているのかもしれないと思う程に(私が見た)その名言の全てに共感している。このコラムを書く為に彼についてあらためて調べていくうちにそう思った。(9/29)
- 今月と来月は月曜に祝祭日が3回もある。私は祝祭日以外は毎日出社しているために、年間を通じて毎週の様に休むという事はあまりないので、この機会に疲れをリセットしようと思って、先週と今週の2回連続月曜を休んでみたものの疲れは全くとれていない。普段エチケットの為に食べれないニンニク料理を食べたり、睡眠を多くとり明日につなげていこうとしたが及ばず。どうやら疲れを取るのは簡単ではないらしい。調べてみると一般的に疲れているのは肉体疲労だと思っているだけで脳疲労である事が多いらしく、肉体的な休みをとったところで頭を休めない限りは解決しなくて当然だ!長期間の休みをとって完全に何も心配せずに考えないで良い時間を過ごせたら、多少は疲労が回復するのかもしれないがそれは現実的ではない。こんな私に残された簡単な対処方法は頭に良いとされている栄養素を取り入れる事だ。早速、イチョウ葉とDHAのサプリを購入して、今、試している。脳疲労を解決する為に脳を使うなんて本末転倒なのかもしれないが、諦めずに出来る事は色々とやってみようと思う。自分以外の人の脳に依存したいのが本音だけど...。(9/26)
- 1983年の福岡国際マラソン...。瀬古利彦さんがゴール手前100mでジュマ・イカンガーさんを猛烈なラストスパートで抜き去るという記憶に残る名勝負。その頃中学生だった私は陸上部に所属していて、憧れの瀬古選手になりきった様な気持ちで走っていた事を思い出す。こんな二人が10月に久しぶりに再会するという記事を発見し、今日のコラムのネタとした。私は中学2年生から高校1年生までの3年間、中長距離走の選手で、地域ではメダルをもらえる程。毎日の練習だけでなく自主練までこなし努力を惜しまなかったが、中学3年生のいつからかは急にやる気がなくなってきた事を思い出す。診断された訳ではないけれどその時「燃え尽き症候群」だったのではないかと思う。燃え尽き症候群とは、一定の生き方や関心に対して献身的に努力した人が期待した結果が得られなかった結果感じる徒労感または欲求不満であり、慢性的で絶え間ないストレスが持続すると、意欲を無くし社会的に機能しなくなってしまう症状との事。私はこの時だけでなく社会に出てからも同じように陥った事がある。だからなのかわからないがその様な人の心が見える。(9/22)
- お父さんやお母さんから注意された子供が「ゴメンゴメンわかったって!」と言っているシーンをよく見る。そして、同じ様な事で何度も注意されている。注意する側としては不毛の日々に疲れ果てる。お母さんにとってこの無駄な時間を他に充てる事が出来たらどんなに有意義だったろうか!野比のび太とお母さんの関係性を見るとよくわかる。何度も注意させられた上に子供からは親が悪い等と言われて反抗的な態度を取られたり、被害者意識が強くなられたり、親がひとつでも間違えようものならば追い討ちをかける様に攻め込まれる。親子の関係にとどまらず、管理する側とされる側の関係全般に言える事。「ゴメンで済むなら警察はいらない」と言われる通り謝って許されない事もある。 特に謝るべきポイントを間違ってしまうと更に相手様を不愉快な気持ちにさせる上に自身を改善させる事もない。だからこそ「何がゴメン?」と聞かれた場合、即答出来る様にしなければならない。人に謝る事が出来るだけでも大したものだと思うけれど、挨拶程度の軽いものにならない様に気をつけていきたい。(9/19)
- スーパーでは閉店時間に近づくにつれて、刺身、惣菜、弁当、パンなどに割引シールが貼られていく。まずは様子見で2割引、そして、閉店時間に近くなると半額になる。わざわざその時間に通っているのではなく、丁度良い時間に半額になっているだけ…。そうは言っても半額シールに心動かされてしまい買物カゴの中の品物のほとんどには半額シールが貼られているという貧乏丸出し。最近では週の半分程度はそれらを買って、会社の机で一人寂しく食べている。今日は朝食、昼食、晩御飯の3食ともに会社の机で…。あらためて計算してみると週21食の内、16食はここで食べていた。しかも、週1~2食以外はひとりで…。「私はかわいそう!」ってネガティブモードになりそうなので今日の話に戻す。先ほどいつも通りスーパーに行くも半額の品物が少なくて、3割引のショートケーキに目が止まり購入。〆切間近の仕事を抱えて毎晩の様に深夜3時近くまで取り組んでいるけれど、知らないうちに睡魔に襲われて眠ってしまい中々前に進まないので、甘いものを食べて脳に元気を与える作戦。頑張れ脳!(9/15)
- パソコンの動きが悪い時、タスクマネージャーを起動させてパフォーマンスを見るとグラフが2つ出てくる。ひとつは、車で例えるとエンジン、人間の体で例えると頭脳にあたる「CPU」、もうひとつは、人でいう短期的な記憶である「メモリー」…。私のパソコンを見るとCPUを100%フルに使っていた。キャパオーバーでテンパっている状態。すごく難しい事を考えているのか、同時にたくさんの事を考えているのか、それとも、無駄に悩んでいるのか…。パソコンの操作をやめていくつかのアプリを消してしばらく見ていたが解決しない。やっぱり、無駄に悩んでいる様だ!とりあえず、一旦、休ませようとは言っても生き物とは違うので再起動なのだが…。再起動してしばらくは100%だったがしばらくして落ち着いてきて動く様になった。しかし、また、しばらくすると動かなくなり同じ様にキャパオーバー状態…。無理させない様にと思いあまり触らなくても解決しない。こうなったら、キャパを上げるのか無駄な悩みをなくすのかという二択しかない。諦めるという選択肢もあるが問題を解消してまた元気な姿を見せて欲しい。(9/13)
- 週2回のコラムを書き始めて十二支一周。最近は書くネタがなくて苦労している。今日も例外なくペンが止まっている。アイデアを振り絞らなければならない仕事がいくつも残っていてどれも中途半端で考えても中々進まない。只でさえ脳が疲れている中で、このコラムを書くのは辛く気乗りしない。それでも、雨の日も風の日も、ずっと、書き続けるという様に決めた事をやめる訳にいかない。誰だって、どんな好きな事でも嫌になる日もあるはず。このコラムを書く時間と脳があるくらいなら、その力を他に使うべきだろうと思いながらも書き続けている。今の時点で苦労が報われる事はないけれど、先々、何らかの効果があるものだと信じている。例えば、これまでのコラム全体から引用すると本一冊を書く事が出来るのではないかとか、おじいちゃんになった時に日記の代わりに懐かしく読む事になったり、私がいつかいなくなった時に残った人が見てくれるかもしれない。特に、私が大成功したならば成功するまでの記録として、多くの方々の参考になるかもしれないという様に少々ポジティブな考えを持っている。一時期の思いや目先の判断でやめてしまわない様に!(9/9)
- 昨日、いつもの様にフィットネスジムに通う私は、これまでやった事のないスタジオプログラムへ挑戦する事にした。はじめてなので、何をどうすれば良いのかわからず不安だったが、他の会員さんが手伝ってくれたり、声をかけてくれたおかげで、楽しく充実した時間を過ごす事が出来た。何より私なんかの為に好意的にやってくれた事が嬉しい。当たり前の事なのかもしれないが、喜ばせたり、喜んだりという関係こそが人と人との絆である。私は人を喜ばせる事が出来ただろうかという事とあわせて、人の好意に気付かないままだったり、喜びを表現してなかったりしてないだろうかと自問自答する。ファーストフードなどで「いらっしゃいませ!こんにちは!」という様な掛け声を聞くがそれに喜びを感じる事はない。私は敬語を使う事に賛成だが、文章に気をとられすぎるよりも好意的であるかという心の方が大切だと思っている。どんなに綺麗な言葉を使ったとしても悪意的であったり無関心であったり関わりたくないという気持ちは鈍感でない限りは割と簡単に見破られる。もう一度繰り返すが、大切なのは喜ばせたり、喜んだりという関係こそが人と人との絆である。(9/5)
- 小鳥がいない空っぽの鳥籠、犬がいない犬小屋。店員さんやお客さんがいないお店。同じ空っぽであってもこれから小鳥が住む予定の鳥籠ならば良いが、これまでチュンチュンと可愛く鳴いていた小鳥がいなくなった空っぽの鳥籠は寂しい。明日になるとまた賑やかになるとわかっていたら良いけれど、そうでない日は寂しい。かつては人口密度日本一だったが今は誰一人住んでいない軍艦島はその象徴の様なもので私は好きじゃない。今よりも明るい未来に待っていて欲しいという願いのもと、私は今日を生きている。人は誰も老いていくし家族や仲間はいつか離れ離れになる等、自然の摂理に逆らえない事は承知しているが抵抗していきたい。百歩譲って衰える事は諦めるとしても、その代わりに何かを成長発展させる。こんな努力をしなかったらあっという間に後退していく。そして、自分ひとりだけでなく周囲も一緒に引き上げていく必要がある。但し、一緒についてきてくれるならば!祭りはまだ続いていたのに疲れて居眠りしてしまい目覚めた時には誰もいなかったという事にはなりたくない。要するに、私が目を離している間に勝手に努力を惜しみ後退して欲しくないという事。賑やかだった今日一日が終わり、こんなコラムを書いている。(9/1)
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