社長のコラム(2020年2月)
2006年から、雨の日も、風の日も、ずっと、書き続けています。
- ボールを頭の上に置いたり、片足で立ったり、平均台の上を歩いたり、こういうのって簡単じゃない。バランスをとる為には、固定させるのではなく、左に傾きそうになったら右へ傾けるなど、常に調整をし続けていくしかない。私たちは動きを止める事が出来ない場合、反作用を起こし続けて常時ちょうど良いを作っている。しかし、聖徳太子ではないので何もかもそう出来る訳ではないし、そもそも、どの位置がちょうど良いのかすらわからない事もある。私が保険相談を受けた場合、意識しているのは、お客様がお持ちの情報や考え方に偏りがないかを感じ、その調整を行う様にしている。その偏りがバランスをとった結果であれば良いが、そうじゃない場合はバランスをとる為のひとつとして逆説する手もある。初めからちょうど良い位置が何かを伝えるのではなく、その人の傾きに合わせて調整するかの様に、左に傾いている人を右に傾けてみる。オウム返し的にお客様が左と言えば「そうですよね!左ですよね!」では一見協調性があって良さそうだけど改善には繋がりにくい。(2/29)
- 私は、半年間首輪をつけたまま外していない。本当はネックレスなのに、首輪と表現したのは、留め金部分が硬過ぎて自分だけでははずしきれないからだ!まるでペット。最終手段としては、ペンチで切ればはずせるけれど、そうすると、これはもう二度と使えなくなる。一度切れてしまうと修復出来ない。はずせないと思うからはずしたくなる訳で、カッコも良いし体の為にもなっているネックレスだから、はずす必要が無い。そこまでわかってはいるけどはずしたい。私にとって、このネックレスが最適なのか?それを判断出来る程にこのネックレス以外をほとんど知らない。人がつけているのを見ると、比較して、私のこれは良くないのではないかと思ってしまう事もある。こういう時、私は意識的に一度冷静に考える。これまでとは違う道を歩むという選択に限らず、これまで通りの道を歩み続けるにしても、後戻り出来ない選択である事に変わりないなどと悩み苦しむ。どんなに考えても悩んでも、正解は右手の中なのか?左手の中なのか?というさっぱり見当がつかない一か八かの運任せというケースも多い。(2/26)
- 「今野そこに愛はあるんか?」というCMのワンフレーズが耳に残る。確かに仕事は義務として仕方なくやるのではなく、愛情を持ってやった方が断然良い。人が生きる為だけに仕方なく仕事をしているとしたら、愛情はなくなりやすいはず。あなたも、きっとそう思うはず。これは、仕事に限らず人と人の関係に共通する事だ。例えば「この人にこうしてあげたい」それ以上に「この人にこうしたい」という気持ちでやっていた事に水を刺されて義務付けられたとしたら、もう何もしたくなくなる。逆に義務として私の為になんかやってくれても虚しくなる。酷い場合は嫌々ながら...。義務に始まり義務に終わって良いのか?喜ばせたいという欲求、自分自身がそうしたいという欲求から誰かの為に何かを行う事に価値があるのではないか?義務は果たしたくないし果たされたくもない。欲求を満たしたいし満たされて欲しい。秩序を保つ為に一定の義務化は必要であるので仕方ないけれど、それはできる限り必要最小限にして、心からそうしたいと思う気持ちがベースにあったら気分が良い。私は欲求を愛し義務を憎む。義務が愛情を消している事に気付け!(2/22)
- 「好きになったもん負け」…。恋愛ばかりではなく人間関係の多くに当てはまる。誰かを好きになる気持ちや誰かを必要とする気持ちを持つ事は、むしろ素晴らしい事であり、そういう気持ちがない人の方を可哀想に思う。人に限らず、何にでも言える事で、何かを好きになれた方が幸せだろう?例えば、好きな食べ物が何も無いなんて嫌だ!ちなみに私は、人をすごく好きになるが、それがバレない様にとにかく隠す。そして、人からどう思われているだろうかと気にする。これを社内の人間関係に置き換えると、今、私は社員に誰一人辞めないで欲しいと願い好意も持っている。私は社員に嫌われたく無いと必死なんだが、社員を一定の嫌な気持ちにさせる以外、会社を守ることは出来ないというジレンマと戦っている。私の代わりに嫌われもの役を引き受けてくれる人がいないかとも思う。私以上にこの会社を愛する人がいないのは当たり前であり、最悪は、いつでもこんな会社なんか辞めてやると思っている社員は、絶対に辞めないで欲しいと思っている社長に強い。当然、指示が通らなくなる。人を好きになる気持ちよりも、人に好かれる方がうまくいくのかもな!(2/19)
- LINEを筆頭にSNSが普及し「話す聞く」から「書く見る」へ移行している。やり方次第ではSNSで「話す聞く」というカタチを作ることは出来る様だが...。そう言えば、今日、朝起きてから、ほとんど誰とも話してない。SNS上でのやりとりはあるのに!企業でもビジネスチャットの採用により「書く見る」へ移行。これからの時代、それをしないというのは通用しない。弊社では10年以上前から、グループウェアを使う事で、ある程度は「書く見る」の対応をやってきたが、最近は、グループチャットはもちろんの事、SFAやCRMなどを徹底的に導入した事もあり、益々「書く見る」だらけ!今日はいつもになくビジネスチャットを通じた社員とのやりとりで1日が過ぎた。近くにいるのに会わずにチャットするという一見意味不明な行動に感じる方が多いかと思うが、実はこれが大切なのだ!弊社の場合だとスタッフ全員が同じ日に揃うことは無く、更に働く場所も違うし、接客している時間もバラバラ。グループチャットだと、その時、いなかったスタッフも仲間外れにならない。メモを撮る必要も無く効率的。内容によっては会社のナレッジ資産になる。まだ言いたけど行数不足。(2/15)
- コーラから炭酸を引いたらどんな魅力が残る?」私が感じる限りはそのコーラに魅力を感じない。「美女から美女を引いたらどんな魅力が残る?」「イケメンからイケメンを引いたらどんな魅力が残る?」「若さを引いたらどんな魅力が残る?」「性格が良い人からその性格を引いたらどんな魅力が残る?」「資産家から資産を引いたらどんな魅力が残る?」その人の一番の魅力を引き算した時、何の魅力も残っていないとしたら残念だ!例えば、お笑い芸人から笑いを引いてた時、魅力が残っているかどうかって大切なこと。「笑一本」で活躍し続けるのも良いが、新たな魅力をつくり上げてきたお笑い芸人がたくましく見える。性格は良いが仕事がきちんと出来ないという人がいるとして、多くの方は性格に気を取られて、仕事が出来てない問題点をあまり見なくなる。性格が良い事はもちろん良い事だが、職場では本当に大切な事は仕事が出来ることの方だ。度合いにもよるが、性格の良いヤブ医者よりも、性格の悪い腕の良い医者の方が良い。私は、その人の魅力、逆に欠点を引き算して残ったものが何なのかによって評価する大切さを知っている。私自身に対しても厳しく...。(2/12)
- 今日は「古き悪しき習慣を捨てる勇気」といういかにも本のタイトルになりそうな話をしたい。最初に誤解されない様にことわっておくが、あくまでも、古き悪しき習慣を捨てるのであり、古き良き習慣を捨てる必要はないので間違いなく。「そういう仕来り(しきたり)なので!これまで通り」と言われて私は良い気持ちになれない。「はっー!仕来りだから???」そう心が叫ぶ。守り続けなければならない事もあるだろうが、それが間違っているなら今すぐに止めるべき。そう解っていても手を打たないのは、村八分にされたくないといった自己保身に走るからだ!そして、それらと戦うには、それなりのパワーが必要であり失うものが多すぎる。私には、それでも戦ってきた事がある。長いものに巻かれたりしない。古き悪しき習慣に守られている人はそれを破壊する恐れのある新しいものを嫌う。例えばシステム化なんて嫌いだろう。システム化していく事によって、人の暖かさを失うかの様に思われるがそうとは限らない。むしろ、悪しき習慣が人の思いを歪めているのであって、人がより人らしくある為にシステム化するのだと気付いていないだけだ!(2/8)
- 前回のコラムで2020年2月2日は、上から読んでも下から読んでも20200202だと書いて、Facebookにも同内容をアップしていたら「令和2年2月2日でもあります!」とコメントくれた方がいらした。私は「本当だー」って、そこで初めて気付いた。そして、間違いを指摘してくれた方も…。私はこういう気付きのある方が好きだ!人が人に気付きを与える事はとても大切なことである。だからこそ、私自身もそういう気付きを与える一人になることが人を救う事になると思って実行している。さて、この日は、新システムの導入日でもあった。私が3ヶ月がかりで業者様のお力をお借りしながら作り上げていったもの。無言で黙々と作り上げてきて失うものが沢山あった分、何があっても成功させたい思い。弊社スタッフがこのシステムをどう思うのか協力してくれるかで運命は決まる。結果は思った以上に反応が良くて4日経過する中、良い流れが出来ている。スタッフからの気付きも多く、今、改善を繰り返しながら進んでいる。このシステムによって思ってもいなかった何か良いことが起きたらと願っている。さあ、コラムを書き上げたので、あと一仕事!(2/5)
- 今日は2020年2月2日、山本山のコマーシャル風に言うと「上から読んでも20200202、下から読んでも20200202」。こんな日は2011年11月2日「20111102」以来の滅多にない日だ!次回は来年2021年12月2日「20211202」と続くがそれを過ぎると2030年3月2日「20300302」までと随分先になる。特に20200202の様に2つの数字だけで上から読んでも下から読んでもという日は7世紀も前の1330年3月31日「13300331」ぶりなのだ。今日を超える日はなかった訳ではなく1111年11月11日「11111111」なんかすごい。これこそ、ポッキーの日。理数系の方にはたまらない話なのでは? だからなんだと言われるかもしれないが...。私はこれをチャンスだとかタイミングという話につなげる為の前置きに使わせていただいた。一期一会とは、一生涯にただ一度会うかどうかわからぬほどの縁の事。そういう出会いを大切にしなければならない。人、仕事、趣味などどれも...。ところで、私が人と目を合わせず、あまり話をしなくなるのは、この縁を大切にするあまりである。特に疲れていたりしてネガティブ状態の場合、裏目にしか出ないと思うから...。それが続くと結局は縁がなくなるのだが...。(2/2)
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